そのとき、強く腕を掴まれた。
急激に意識が開けていく。
床に倒れる直前で人に助けられた、のだろうか。
掴まれていた腕が解放され、ゆっくりと床に膝をついてへたりこむ。
そして、静かに深呼吸。
部屋の明かりが点される。
私は眩しさに目を細めながら助けてくれた人に視線を向けた。
「大丈夫かい?」
「……フェンネル」穏和そうな顔、少しズレた眼鏡。変わらない、あの笑顔。
前にもこんなことがあったな、と、懐かしさが広がる。
それと同時に思い出されるものがあり、静かに彼から離れた。
鈍痛。それは身体の内側から。
「料理が出来たかなとか思ってやってきたら、君が倒れるところだったから驚いたよ」
安堵の表情を浮かべる彼。やめてほしい。
「ご同伴に預かろうっての?お金に困ってるのは変わらないのね」
呆れながらも、軽口と微笑を返した。
時間の経過というのはとても強い力を持つのだな、と今更ながら感じる。
大丈夫そうで安心した。と、儚げな表情を浮かべながら言う彼。
彼が安堵の顔を浮かべれば浮かべるほど、痛い。
「ご飯には凄く惹かれるものがあるけど、リドたちと一緒にさっき食べてきたからね。
実際のところはあの3人が怪我してないか見に来たんだよ」
セラとジルは危なっかしいから、とも付け加える。
「そう。ジルとかジルとか、あとはジル辺りとかは、
凄く喜びそうな気がするんだけど、ちょっとくらい寄ってかない?」
いつものような軽口を叩きながらも、私の心はよくわからない方向へ向かっている。
プラスなのかマイナスなのかさえわからない。
実は掛けているのではないだろうか。
実は割っているのではないだろうか。
1なのか0なのか。それすらよくわからない。
これは本当に私の口から出ている言葉だろうか。
ジルのことを思って言っているだろうか。
そんな、私は人のために何かを、
そんな風に何かを、してあげられるような人だっただろうか。
その時頭にふっ、と重みと熱を感じた。
彼の掌が私を撫でている。
困ったような顔を浮かべながら。
ごちゃごちゃしていた思考はそのまま涙へと変換されたようだ。
頭からそのまま瞳へとパイプが繋がっているかのように、涙が零れ落ちた。
それは綺麗な涙だっただろう。
残念ながら私は見ることは出来なかったが。 →次へ